語彙力至上主義者の単語暗記法

なぜ語彙が大事なのか 

「とにかく語彙!」

 私は英語の上達方法を聞かれたときは毎回そう答える。リスニング、リーディング、ライティング、スピーキングの外国語習得の4技能すべて最短で向上させるのは、できるだけ多くの語彙を知るということであると私は考える。英語を上達させたいと思っている人は、まずは一冊の単語帳を最後のページまで暗記することが必要であると私は助言する。単語を暗記するという勉強は、机の上でもバスや電車の中、ベッドの上でもできることなので、環境に左右されない。

 外国語習得の最終的な目標は、その言語で仕事をしたり、ネイティブスピーカーとコミュニケーションを取ったりすることである。しかし、その段階に到達するまでにはその言語を使わなければならない環境でたくさん練習するフェーズが必要である。環境を変えるとなると、海外留学や英会話教室に行かなければならず、お金も時間もかかるし、何よりまとまった時間が取れる機会がないといけない。いつかそのような環境を変えるチャンスが到来したときに、できるだけ多くのことを身に着けられるような準備となるのが「語彙をたくさん知っておく」ということである。私はこの考え方を、語彙至上主義と勝手に呼んでいる。

 私がどのように英語ができるようになったのか、英語を頑張ろうと思った大学時代から現在までに何をやったかを簡単に述べようと思う。私は大学3年生の一年間でTOEICの点数を360点上げることができたので、360点ぐらい上がればいいと思う人は参考にしてほしい。300点ぐらい点数を上げた学生は、大学内の英語関係のパンフレットに写真とインタビューが掲載されるのが通例だが、私は顔写真を掲載するには器量が良くないせいかパンフレットの話は来なかった。

 またこれから述べる勉強で参考にしたのは、いつも赤いTシャツを着ていた予備校時代の英語講師と、「外国語上達法(千野栄一,岩波新書,1986年)」という本である。英語勉強法の本は書店にあふれているが、この本が一番いいので単語帳と合わせて買って読んでみてほしい。普通におもしろいし。あ、岩波の黄色の329番です。(新書マニアはこの情報で一瞬で見つけられるはず)

語彙力至上主義者的単語暗記法

 一日に何個単語を覚えればいいかという問題はあるが、私は週100個を目標にしていた。一見大量の単語に見えるが、1週間に100個覚えようとしても10~20単語は覚えられなくて、週80~90語ぐらいが頭に入って、一日あたり十数個という計算になるのでそうでもない。なぜ一日あたりではなく、1週あたりの数で目標を立てるかというと、1週間かけて覚えたほうが長期記憶になりやすいからである。1日十数個ではなく、毎日100個を5~6日繰り返すという方法である。私はこの方法で大学入学後に約2000個の語彙を脳内リストに追加した。

1日目

 まずは単語帳の中の知らない単語を100個、英語と日本語の順でノートに縦に書きだす。多義語は無視して、基本的には一つの単語に対して一つの日本語という一語一義で書きだす。一つ最も頻繁に使われる意味を知っていれば、今後他の意味を知ったときに記憶に残りやすくなるのと、とにかく知っている語彙を増やすということが目的であるからである。

frank 率直な

command 命令する

coach 大型バス

みたいな感じて100個書きだす。その際に、発音が分かりにくい単語には自分でわかるようにアクセントのマークを付けたり、カタカナで発音を書いたりする。なぜなら100個書きだした時点で単語帳はもうほとんど使わないからである。これで100個暗記する準備は整った。あとは頭に詰め込むだけである。100個書きだすだけで40分ぐらいかかるので1日目はこれで終わり。単語帳の情報は少ないので、辞書を使ってたりすると1時間ぐらいかかってしまう。暗記は繰り返しが大事なのでそんなに時間をかけてられない。真の国際人が勉強することは他にも山ほどあるし。

2日目

100個の単語リストの2行目に一つ単語を書く。そのあと、一つの単語に30秒ぐらいかけてブツブツ念仏を唱える。

frank 率直な frank (frankソッチョクナfrankソッチョクナfrankソッチョクナ・・・)

command 命令するcommand (commandメイレイスルcommandメイレイスル・・・)

coach 大型バス coach (coach オオガタバスcoachオオガタバス・・・)

ここで大事なのは念仏の際に、綴りを頭の中で確認することである。頭の中でペンを持って30秒間書いた単語をなぞり続けるイメージで。30秒を100単語で計算上は3000秒かかる。3000秒は60で割ると500なので500分...いや、50なので50分で終わる。

覚えるのは英語→日本語の方向だけでよい。英単語を見たときにすぐに日本語の意味が分かりさえすればいい。スピーキングやライティングでcoachと使う機会は今後の人生であまりないからである。busと言えば事足りる。

3日目

やることは2日目と同じだが、1つの単語にかける時間を20秒ぐらいに短縮する。昨日書いた単語の横にもう一つ単語を書く。そして念仏。まだ記憶に定着しない単語が多いので本当に近い将来に暗記できるのかという不安に襲われるが大丈夫、人間の脳みそを信じて念仏を続けよう。明後日にはいい感じに熟成しているはず。僕たちはすでに数万の日本語単語を暗記してしまっているのだから。

4日目

今日も同じことの繰り返し。人生とはそういうものなのか。だから週末にはスポーツをしよう。稼いだお金で欲しかったものを買おう。昨日の単語の横にもう一つ単語を書き加える。そして念仏。今日は10秒ぐらいで念仏を切り上げる。綴りの確認は忘れずに。2日目の3分の1の時間だから15分か20分で終わる。もう暗記してしまった単語も結構出てくるはず。でも全然覚えられてない単語も結構ある。やっぱり私は頭が悪いのね、頭の良さは遺伝だから...。平凡な脳をお持ちの皆さん、安心して、凡骨に与えられた唯一の道は繰り返すことである!

「繰り返しは学習の母である」

「外国語上達法」にラテン語でそう書いてあった。凡骨万歳!

 

5日目

 念仏を5秒ぐらいに短縮してしまおうではないか。もう半分は暗記してしまった。いや、もう暗記してしまった単語はちらっと見て次に行こう。人生は短い。5日かけて丹精込めて暗記した単語は放っておいても勝手に頭の中で育ってゆく。そろそろ独り立ちさせる時が来た。たまに気づいたらいなくなってしまうこともあるが。一つ5秒なら10分以内に100個の単語を復習できる。そして単語リストもいい感じに埋まってきた。最初からもう少しきれいに書いておけばよかった。でも趣があってこれはこれで良し。

6日目

 ザ・デイ・オブ・フラッシュ。そろそろノートの右端にスペースがない。パッパッパとスピーディーに確認して今日は終わりにしよう。5泊したホテルのチェックアウトの日が来たような寂しさがあるが、私たちは次の場所へ急がなければならない。確認しながら暗記した単語とまだ暗記できていない単語を分別する。怪しい単語には丸を付けておく。彼らは来週からの旅にも同行するので日程を空けておいてもらおう。単語帳のレベルによらず、6日もかければ100個中80個ぐらいは暗記できたのではないか。来週からの旅に同行する問題児たちを除けば、今日で6日間を共にした単語たちとはお別れである。しかし、これは永遠の別れではない。必ずいつか出会える。いつか再会するために暗記したのだから。TOEIC単語帳をやったのなら、彼らはTOEICの中にたくさんいるし、IELTS単語帳ならIELTSの中でまた必ず会える。試験本番日に偶然彼らと再会したのなら、彼らは必ず私たちの味方に回ってくれるだろう。海外旅行や海外留学中に部屋の机で暗記した単語に再会することもまた喜びである。再会を願いつつ、今週はこれで終わり。今日は短かったから、余裕があれば1日目の100個書き出し作業をやってしまおう。6日も頑張ったのだからまあ、明日でもいいか。

 

語彙力があると変わること

語学力は語彙数に比例すると私は考える。データを探すほどガチでブログを書いていないので、根拠はなく単なる相関関係かもしれないが(アイスが売れると溺死者が増える的な。)、単語を数百個増やすと、英文を読むのに体力をあまり使わなくなるのを顕著に感じるし、知らない単語が一つもない英文に出遭う機会が多くなった。多くの単語を知っていることは、単語以外の英語の勉強を簡単にする。英語の重要な勉強の一つに慣用表現を覚えることがあるが、フレーズの中に知らない単語があると、まずは辞書を引かなければいけない。個別の単語を調べてから、まとまりとしての意味を調べるのは、市販の薬の箱の裏に書いてある成分表を見るような面倒な作業であり、文法テキストの例文に知らない意味の単語があるのは、文化人類学の授業で教授が黒板に書いた中国伝統スポーツの技名をとりあえずノートに写しておくようなものである。また、リスニング音声や、外国人と話す機会があったときに、知らない単語が出てくるのは人生で最も絶望的な瞬間の一つである。